日経産業新聞のシリーズ記事に『我が社のIT戦略』と題して、CIOへのインタビューを行っているものがある。6月24日は、三井不動産の情報システム部門の責任者である曽田専務で、その言葉として以下のように伝えている。
「IT戦略で必ずしも産業界の先頭を走る必要性はない」「製造業とは異なり、先端技術を自前で持つ必要はない。成熟した技術を取りこぼしなく拾えれば十分だ」
ITベンダーの立場からすると、「先端技術は必要ない」と言われてしまうと、存在価値を否定されたように感じてしまう。逆に、ITが顧客の戦略にとって重要な位置を占めるというのは嬉しいものである。例えば、テクノロジーの活用によって新しいビジネスモデルが確立されたり、あるいは競争優位がもたらされたり、というようなケースである。
しかし、テクノロジーが全ての企業の戦略において重要な位置を占め、それが競争優位性に繋がるという議論は、そもそも破綻を来たしている。テクノロジーの活用を中心として最適化された企業がごく一部であるからこそ競争優位性にも繋がるからだ。逆にそれ以外の企業はITではない部分に競争優位性を求めており、三井不動産のようにITについては必要最低限で良いということになる。
ITが企業ユーザーから不信感をもって眺められてしまうのは、全ての企業がテクノロジーによって競争優位が獲得できるわけではないのに、ITベンダーがあたかもそうであるかのような幻想を企業に抱かせた、あるいは企業と共有してしまったことによるだろう。
さて、ニコラス・G・カーの『ITにお金を使うのは、もうおやめなさい』である。原題は"Does IT Matter?: Information Technology and the Corrosion of Competitive Advantage"。本書は、2003年5月にハーバード・ビジネス・レビューに発表されて議論を巻き起こした"IT Doesn't Matter"が元となっている。ITを鉄道や電気といったユーティリティーに例えて、それらが競争優位をもたらすという幻想を捨てて、投資を抑制すべきであると説き、賛否両論の一大論争を巻き起こした。HBRからはそれらの論争をまとめた"Does IT Matter? An HBR Debate"も公表されている。
本書においても大筋の主張は変わっていないが、そのアプローチはより慎重である。議論に関する様々な前提をおいて、誤解に伴う反論は最初から取り除こうとしている。例えば、「IT」の定義を明確化して、あくまで技術そのものについての議論であって、そこに乗ってくる情報やそれを活用する人間の才能は含めないとしている。また、あくまで企業向けのIT利用に限る話であると。
本書の論旨は概ねこのようになる。ハードウェア、ソフトウェアはともにコモディティと化し、ITはコピーすることが容易なユーティリティーと化す。結果としてITが競争優位をもたらすことはなく、たとえもたらしたとしても、それはほんの一瞬の話である。戦略上重要ではないインフラについては、コスト管理とリスク管理が重要になる。企業はITを「戦略的資産」ではなく「コモディティ」として捉えるのが正しいのである。
筆者は、"IT Doesn't Matter"が論争を巻き起こしたことにより、「企業におけるこの問題の重要性と共通理解の欠如である」が明らかになったと言っている。ITを鉄道や水道に例えるというのはやや乱暴な議論であるが、ITの専門家がそれを無視できなかったのは、そこに真実の一断面を見出すからに他ならない。しかし、激しい反駁が起きるのは、ITが競争優位性に資するものではない、という議論はITの専門家達の存在価値を否定するからである。つまり、この問題に関して共通の理解はないのである。
冒頭の三井不動産の例が示す通り、ITは全ての業態にとって、あるいは全ての企業にとって同じような重要性を持つものではない。一方で、ITが競争優位性をもたらすポテンシャルを持つことは事実である。しかしながら、それは、ITを活用する企業の戦略、リソース、外部環境、技術革新といったものが最適化された状況においてであるという点が忘れられがちである。結果として企業とITベンダーが間違った幻想を共有することにより、双方に失望感が残ることとなる。
本書は真実の一断面を捉えているが、ITをリスク管理とコスト管理の対象とのみ限定してしまっては、そのポテンシャルを生かすことも出来なくなるだろうと思う。皆さんはどう思われるだろうか?
※このエントリはZDNetブロガーにより投稿されたものです。シーネットネットワークスジャパン および ZDNet編集部の見解・意向を示すものではありません。
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