マーケティングでは 「バズをあげる」 という言い方があり、市場の興味を引き付ける打ち上げ花火的な施策をそう表現します。「バズ」 ではなく 「ノイズ」 と言う場合もあります。そして、そこで使われるキャッチーな単語を 「バズワード」 と言います。「バズワード」 は一般にネガティブで 「派手だけど中身のあまりない単語」 のような意味で使われます。たとえば 「xx 2.0」。さすがに最近はかなり減りましたが、「今までにない新しいもの」 であることを主張するためのバズワードです。しかし、たいして新しくもないのに平気で 2.0 を名乗るケースが多発、マーケティング的にはすでに 「恥ずかしくて使いづらいもの」 になり下がっています。
「SaaS」 は今よく使われるバズワードの最右翼でしょう。「サービスとしてのソフトウェア」 が訳語ですが、事前のライセンス購入ではなく月額などで利用料金を払うこと、インターネットを経由してアプリケーションをホスティングで提供すること、それこそ Web 2.0 的な 「次世代の」 (と言い張る) テクノロジーを使っていること、といった特徴を持っているものが SaaS と呼ばれるようです、なんとなく。
しかし、ソフトウェアは法的には昔からサービスです。ユーザーはその使用権を買っているだけ、書籍と同じ。それに一般のソフトウェアにだって、月額利用料金体系は存在します。マイクロソフトでも企業向けには 「サブスクリプション」 ライセンスを用意しています。
また、インターネットを経由してアプリケーションをホスティングで提供する方式は、そのままホスティング、または ASP と呼ばれ、昔から存在します。「ASP は顧客ごとに専用のサーバーを用意するけど SaaS は複数のユーザーでアプリケーション環境を共有する」 と解説しているサイトがありますがこれは間違い。たとえばメッセージングやコラボレーション系の ASP の多くは、前から Shared と Dedicated、つまり共有型と占有型のオプションを提供しています。
そして Web 2.0 的な目新しいテクノロジーを使っていることをもって SaaS と言うならば、それは 「サービスとしてのソフトウェア」 の精神に反します。確かに Web アプリケーションは AJAX によって随分使い勝手が向上しました。もし、ソフトウェア機能のすべてをネット経由で提供する必然があるなら、このテクノロジーは SaaS にとって非常に重要です。しかし現状、おそらく当面、クライアント側に導入するコンポーネントのほうが使い勝手は上です。たとえば Google Spreadsheet よりも OpenOffice.org Calc のほうが使いやすい。ネットでのドキュメント共有メリットを強調する論調もありますが、Excel や Calc のファイル保存先がネット上のストレージであれば同じこと。マイクロソフトも Office Live で実現しようとしていますが、ジャストのインターネットディスクなど、ずいぶん昔からありますよね。メンテナンス性の問題も、何もわざわざ Web アプリケーションを選ばなくても、ターミナル サービスや仮想環境で十分です。そもそも、サービスとしてのソフトウェアは、一般のソフトウェアのように環境や実現方式に縛られず、得られる結果=サービスに対価を支払いましょうという考え方ですから、ユーザーが得られるサービスレベルの最大化を追求すべき。つまり本来の SaaS では、クライアント コンポーネントでの実現が最適であればそれを取り入れるべきではるはずです。すなわち、技術面からみた SaaS はまさにバズワード、何も示していないのです。
しかしだからといって、「SaaS なんて無意味だ」 と言いたいのではありません。むしろ、SaaS が示す将来は非常に重要であり、日本の IT 産業が成熟するきっかけを与える、と感じています。だから決して、アーキテクチャだとかオープンだとかいった、ユーザーのビジネス遂行においては些末なことであるテクノロジー哲学で語ってはいけない、と思うのです。
もし今後、ソフトウェアの多くがいわゆる SaaS 「的」 インターネット サービスに移行するのだとすれば、まさにインターネットがアプリケーション プラットフォームとなり、ようやく本当の SOA が実現されることになります。すると、サービス間の移行コストは、現在のソフトウェアと比べて圧倒的に低くなりますから、サービス プロバイダは、機能だけでなく、サービスの質や持続可能性といったところに競争の土台を置かなければならなくなります。エンドユーザー ライセンス使用許諾権 (EULA) ではなく、サービスレベルアグリーメント (SLA) の売買になりますから、売り切りの再販モデルは通用しなくなります。またソフトウェア以上に、サービスのコモディティ化が進み、市場では常にごく少数のサービスプロバイダが圧倒的なシェアを獲得しつつ、技術革新によって突如その勢力図が塗り替わるという、熾烈な競争になるでしょう。サービス間のつなぎはカスタムで作る必要があるでしょうが、それとて接続技術や標準化の努力次第では、設定だけで済むかもしれません。サービスコンポーネントの品質が格段に向上しその差がなくなれば、それらのサービスのつなぎ方の巧拙がシステム全体の価値を決めることになります。システム インテグレーターは、コードを書く人材を派遣するモデルから、ユーザーのビジネス構造に即した情報の流れを生み出すための最適なサービスの組み合わせを指南する、コンサルタントへと変わる必要が出てくるでしょう。
果たして将来本当にそうなるのかどうかはわかりませんが、「標準化」 よりも 「すり合わせ」 を得意とすると言われる日本にとって、SaaS は IT 産業の成熟をもたらし国際競争力を高める、非常に重要な考え方であり、もちろん脅威でもありますが非常に大きなチャンスではないでしょうか。
※ 本エントリーの内容は筆者個人の見解に基づいており、マイクロソフトの見解を示すものではありません。
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